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DREAM8 〜地球の子供達

モドル | ススム | モクジ

 

   Quest:0 要するに事の始まり 


 それは宵闇色の海が近づく冬と春の境目のこと。
 ただ黒いエンジン音だけが、海面に白いあぶくのシュプールを描いてゆき、その軌跡は遥か水平線の彼方にまで続いている。あぶくの道を見つめていると、地球は丸かったのだなという自然の摂理を今更の様に思い起こさせられた。
 そんな静寂のなか、ただ規則正しいスクリュー音だけが遠い南の島を目指し、温かく湿った春宵の時を刻んでいた。辺りはまるで穏やかな静寂に包まれている。
「もうここら辺まで来ると海の色が青いのな。」
 誰に話しかけるともなく独りごちる。ちょっぴり嬉しそうな長定の肩にそっと頭をもたせかけ、鞠香も目を細くする。
 本州を離れ、ずいぶんと南下してきた。その証拠に海の色もだが、風もそれらしい暖風に変わってきて、塩っぽい水分を含んだ風が五体に心地よく吹き付けている。
 くぐもった春の汐の匂い。本州では、まだ梅桃桜という季節なのに、ここは薄いブラウス一枚でも充分なぐらいだ。
「さてっと」
 長定は大きく伸び上がった。
「飯でも食いにいくか」
「うん! 今日はカニコロッケ食べるんだ」
 鞠香もピョンとはね起きて生唾を飲み込む。
「お前、食うことだけは人一倍だな」
「だけ、とはなによ。だけとは」
 拳を握りしめたふくれっつらと、余裕の知らん顔が去っていくその背後で、なにやら黒い塊がじたんだを踏んで右往左往している。もめているらしい。
「なんてムードのないこと言うんだよぉ、あのバカ!」
 穏やかではないダミ声が一つ。
「しーーーーーーっっ!!」と、これまた牽制しているには大きすぎる声で、憤慨するあずさの口を必死に押さえ、人差し指を自分の唇の前にたてている聖美がいた。
 イーっと噛み合わさった前歯の間から、今にも唾が飛んで来そうな勢いだ。
「バカはあんたよ、聞こえたらどうすんのっ!」
 釣り上げられた魚のように体をくねらせ、抵抗している彼女の手を押さえ足を押さえつつ小声で一喝する。
 あずさはというと、どうにか邪魔な手を払いどけたかと思う、と口をとがらせてブツブツと一人でぶーたれていた。
 後ろに控える三人も、こりゃお手あげといった表情だ。一同の中にシラけた空気が流れ、はぁーっと、期せずとも超特大級の嘆息がもれた。
「まっ大体『ちょっと待って』なんて言って、覗き始めたのは、きょんちゃんだからね」
 横目でチラリ文句の蘭子に、聖美も「まっ、そうだけどね」と半ば呆れ顔で肩を落とした。
「でも、あの二人結局のところ、どうなってんのか心配でもあるのよね」
 それでも懲りずに、相変わらず前方でじゃれあっている二人に目をやりながら呟くと、耳を澄ます。この様子じゃ色気のある会話なんて、とうてい聞けそうにはないだろうけど。
「きょんちゃんの言うことも分かるけどね」
「お互いに良い感触ではあるみたいだよ」
 深刻ぶった歩美の顔を非難するかのように、まだ不満そうなあずさが言葉を返す後ろから、これまた思いっきり羨ましいといった寂しげな玲子の声が聞こえてきて一同は我に返る。
 「そういえば玲子がいたんだっけ、まずったぁー」
 聖美は彼女に気付かれぬよう呟くと、細心の注意を払って舌を出す。
 そんな背後の観客なんか露知らず、食堂に入った鞠香と長定は渦中のカニコロッケを頬張りながら相変わらずの様子でじゃれあっていた。
 色めいた事は何も無いけれど、これはこれでお互い幸せそうで、端から見ていても微笑ましい。物言わず態度でのろけられたような気がして羨ましいったらありゃしない。
 自分達はわざわざ仕事やら学校をさぼって、こんな太平洋の真ん中でなにしてるんだか……はなはだバカらしい事このうえない。それも自ら呆れてくるぐらいに。
「あぁぁ〜! 私もお腹すいた!」
 あずさが腹を抱えてため息をつくのに続いて、
「ほんと、なにしてんだか……」
 同じく蘭子も、もう往路から旅の目的を、既に放棄して腹を抱えた。他のメンバーもどうやら例外ではないらしい。
「よし、あの二人が出たら私達も食べようか。」
「賛成!!」
 年長者で一応リーダー聖美の言葉に、みんなはエイエイオー! と一斉に拳を振りあげた。
 まだまだ女子高生気分らしい聖美は、とうの昔に成人式を終えたとはとても思えぬ若作りにミーハー根性丸出し、時にはおねだりや媚び媚び大作戦もお手のものという困った親分である。年序列的にリーダーなだけで、決して投票などで公平に割り出された訳ではない。いざとなったら強いので、みんなの信頼が篤いのも事実だが。
 今回も、長定と二人旅に出る事を聞かされるや否や召集をかけ、みんなで若い恋路を見守りましょうツアーなどおったてた張本人であった。

 そもそもなぜ鞠香と長定が二人っきりで旅行なんてことになったのか、みんなが隠れてついて来ているのか。またどこを目指しているのか、北か南か、はたまた国外か。
 それは……小春日和の珍しく暖かな日に、鞠香と長定が連れだって伊邪那美神と伊邪那岐神が鎮座するという、とある神社へ詣った事から始まる。

******

「暖かぁーい。気持ちいーい」
 鞠香はぴぃんと張った硝子の空へ大きく体を伸ばした。
 吸い込まれそうな淡い空色は、季節の境目を暖かに染めあげて、その空色の光を吸って木々も青臭い匂いを吐いている。足元からは萌えるような土臭い匂い。所々ふきのとうが頭を覗かせている。
 すーはーすーはー深呼吸をすると、春を人より早く食べてしまったような得した気分が体中を駆け巡る。全身が浄化されるような気がして、なんしか気持ちがいい。
 境内へ足を踏みいれると、懐かしいような切ないような、いつか感じた不可思議な感覚が胸をきゅっと締めつける。体の中を緑のヴィジョンが支配し、あの風が吹き抜けた。もうお馴染みの、ツンと柔らかな涙が心の中で暴発する。心のどこかが覚えている、そんな気持ちでいっぱいの涙だ。
 いざ手水場へ足を向けると、これはしだれ梅だろうか。満開で見事な枝っぷりが重さに耐えきれず水のなかへ落ちて、まるで浄めの場に華を添えて歓迎してくれているかのように出迎えてくれた。馨しく品のある高貴な薫りが辺り一帯の空気を彩っている。
「こんにちは」
 神の社に棲む清浄なる梅花がくれた心尽くしに、改めて礼を言う彼女の横で長定もほほえむ。蘭丸より少し大きい目の、やっぱり切れ長の瞳が、優しい光をたたえていた。
 手を清め口を清めると、言葉にせずとも迷わず本殿へ足を運ぶ。なにかに吸い寄せられるような足どりは、二神が本当に鞠香と長定に向かって手招きしているような錯覚に陥ってしまうほど正確だ。
 そして本殿の前に立った。
 素朴な造りが、神聖な境内を護って居座っている。いかにも威風堂々とした荘厳な重みは、混沌の世界を彷彿とさせるには充分すぎるぐらいの、目には見えない輝きを発して、大勢の人々から今も変わらず親しまれているのである。
 ガラガラと鈴を打ち鳴らして柏手を二回、いや一回だったか、とりあえず打って祈ってみた。
「よくぞ詣ってくれました」
 途端に聞き覚えのある声が頭の中を流れ、白い衣をひるがえした女神が現れて、男神も共に姿を現した。
 何をかしこまって今更。詣ってくれたもなにもないってゆーの。
 鞠香は、軽やかな笑みの女神を見たとたん、顔に出さねども心中で思いっきり悪態をつく。
 夢のなかに出てきて、御丁寧に場所まで示しておいて、一度は詣りに来いなんて神託をしたくせに、何言ってるんだか。おかげで楽しい思いしてるけど。
「あら、いいことを教えようと思ったのに?」
「……!」
 また勝手に思考を読んだな、もぅ。デリカシーがないんだから。
 今度はあからさまに眉間にしわを寄せ口をヘの字に曲げた鞠香が、畏れ多くも神様を睨みつけ無言で話の先を促す横で、長定も同じように心中で罵詈雑言を吐いていた。
 まったく夢の中で勝手に神託だけ残して行きやがって。鞠香とデートできて嬉しいけどよ、一体なんだってんだ。往復の電車賃返せよな、結構かかったんだぞ。
 そうとは知らず同じ思考回路の二人に、伊邪那岐神も伊邪那美神も『おやおや 』と心中で笑みを交わすが、気分を入れ換えて咳払いをひとつこぼした。
「実は……コホン、アルテナやドーン、チェリィの国と、あなた方の世界を繋ぐ扉を見つけたのです」
 にっこりと満足そうに伊邪那美神。
「ほ、ほ、本当なの!?」
 その瞬間、鞠香の表情は一変した。長定と顔を見合わせ、力いっぱい足を踏んばる。
 長定も生唾を周囲に聞こえるほどの音を鳴らして飲み込む。もしこれが真実なら、前代未聞の大発見でなのである。
「ああ本当だよ、しかし……」
 伊邪那岐神が、なにやら物憂げな顔をして言い淀む。
 あぁなんか嫌な予感。
「しかし?」
 長定が目をつり上げ恐い顔で二神に詰め寄る隣で、鞠香も同じく緊張した趣で首をパカパカと振っている。緊張のあまり二人には正確な意識がなく、鞠香なんぞネジを巻いた首振り人形だ。頬を真っ赤に紅潮させて膨らませ、あらん限りの眼力で見開かれた瞳を向けていた。
 もし他人が見ていればさぞおかしな光景であっただろうが、しかし幸い、神の気遣いで第三者には見えないようにされている。
「そうするにはですね、実は、二人にその場所まで行って扉を開けてもらわなければいけないのです」
 その話を聞いたとたん、二人揃ってヘナヘナとその場に崩れ落ち肩を落とした。緊張で膨れ上がっていた体も、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんで、体ばかりか心までも一気にしぼんでいく。
 またかよ、あぁぁ……ったく、簡単に言ってくれるぜ。
   長定が心のなかでぼやく横で、長定的にはえらく的を得た問いを投げていた。
「まさか国外、なんて言わないよね?」
「そんな金ないぞ!」
 怪訝そうに問うた鞠香の後に、すかさず長定の厳しいつっこみが入って、二神もさすがに苦笑する。
「国外ではありませんが、南の最果てです。小さな南の島へ二人で行ってもらえますか」
 やたらと二人での所を強調する伊邪那美神に、長定は息をのむ。
「二人で? なんで? みんなと一緒に決まってるじゃない」
 至極当然の返事に、伊邪那美神は不敵な笑みで意外にも黙っている長定を見やった。
「二人でなければ駄目なのです。行ってくれますね?」
 眼はまっすぐ黙ったままの男を見ている。
 鞠香は両間に交わされている無言の意味が解せず、伊邪那岐神に救いの眼を向けるが、そっぽを向いて知らんふりを決め込んでアテにならない。きっと事前にきつく口止めされているのだろう。前科のためか、いつの間にやらすっかり尻に敷かれている。
 どうして? なんで? みんなが再会できるんだよ?
 伊邪那美神と長定を交互に見つめるだけの鞠香は、声にならない声で懸命に問いただすが、沈黙を破った言葉は意に沿わず正反対だった。
「わかりました、行って来ます。場所を教えて下さい。」
 うそぉ?!
 とうとう頼みの綱の長定までもが、こちらの苦悩を無視して承諾の言葉を吐いてしまったではないか。
 理由も解らないまま間違いなく正論であるはずの主張が却下されて、この猪突猛進の鞠香が怒らぬ訳はなく、すったもんだで暴れるだけ暴れて、どうにか社を後にしたものの歩き方はドスンドスンと鬼ばばぁのようだし、なにより物言わずとも『怒ってる怒ってる』とオーラが四方八方に飛び散り、後ろを歩く長定を背中で激しく叱責する。
 この気性の荒さは、やはり伊邪那美神ゆずりかもしれないと、苦い笑いがこみ上げてくる長定だった。
「まぁまぁ、そう怒るなってば。いいじゃないか、今までの苦労が報われるんだ」
 確かに力で夢や希望を与える為に走り回ったし、力がなくなってからもそう心がけて日々暮らしてきた。苦労はしたけど、だからこそ全員揃って行きたいんじゃないか。なのにひどい、それなりの説明が欲しいというもんだ。
 振り向いた鞠香は、それはもう頭から煙を吹かんばかりの勢いで、今にも某怪獣のように、口から火を吹きながら雄叫びをあげて巨大化しそうである。
 しかし怪物化した彼女を後目に、長定はというと独りで笑って……というより、ニヤけているといった方がいい笑みを浮かべていた。
「なに笑ってんのよ!」
 まるで飼い犬が牙を剥いて吠えたくっているような怒りの形相で、もう今にも捕って喰われそうである。
 しかし性懲りもなくニヤついたままの長定は、悦に入っていて手のつけようがない。なんてたって鞠香のそれとは全然違う考えで、健康な青少年の頭はいっぱいなのである。困ったものだ。
 余計に怒りをあおってしまったな。けど、二人っきりで南の島って事までは頭がまわってないな。猪ってお前みたいな奴のことだぜ、まったく鈍い奴め。かといって、伊邪那美神が期待してるようなことはないと思うけどな。
 そこまで考えてみて初めて我に返り、はぁっと長いため息をつく。
 思い出すのも嫌な、できることなら一生忘れていたい過去が脳裏に傷跡も深く甦ってくる。
 以前、実は期待されるような出来事が起こりかけたのだが、もちろん激しい抵抗に遭い、あえなく未遂に終わったのだった。
 思い出すのも情けないくらい右も左も見えなくなっていた。おかげで、いともたやすく女の力で張り飛ばされ、その後しばらくは恐がって口をきいてもらえなかったのを、やっとのことで回復したのである。あの時は二人共若かったんだね、などと軽く話せる日が果たして来るのだろうか。少なくとも今の長定にとっては考えられないことだ。
 結果からして当然、長定が独りで思い余って起こした行動であることは言うまでもないし、だからといって鞠香が思わせぶりな行動をとったわけでもなく、自らが一方的に仕掛けたことなので相手に文句は言えない。そこのところは当の本人もよく解っている、ただ後悔先に立たずとはこういうことなんだと身を持って理解しただけで、この致命傷は何か大ドンデン返しでもない限り癒えそうにもない。
 あの時は蘭丸に嫉妬していたし、なおさら今でも彼を忘れていない鞠香をどうこうしようなんて当面考えられるわけがない。
 まぁこれも、一度は本気で香代を守ると言った自分を棚にあげて、の話だ。まったく男とは勝手なものである。

******

 家に帰った鞠香は、二人で行かねばならぬ理不尽な旅行のことを、さっそく夕飯のおかずに話していた。
 両親は共働きなので、いつものごとく聖美と歩美との食卓である。皿の上では、キノコソースのハンバーグが湯気をたてている。副菜ににんじんのソテーとサラダ、粉ふきいもが同じ皿に行儀良く乗っかっていた。
 帰りは怒ったままだったので、一息お茶するでもなく直接帰って来た。おかげでひどく空腹だった。そのうえ大好きなハンバーグだ。貪り食べたいのを抑えながら、怒りのはけ口を求めて一気にまくし立てる。
「でね、伊邪那岐神ったら無視するんだよ!なぁにが神様なんだか、もう」
 本人としては、ひどい話でしょう? 本当ねぇ! と共感してもらうつもりだったに相違ないが、案の定そこで、だ。
 歩美はあらあらと言っただけだったのに対し、聖美がまるで我が身のように喜んで、そりゃもう乗 り気なのだ。鞠香にしてみたら、さぞ意外な展開だっただろう。
 妙に姉さんぶった聖美が、大事なことだから二人だけでもぜひ行ってらっしゃいと大いに勧める傍ら、他メンバーには全員で最後まで見守ってあげましょうなどと、ミーハー根性丸出しでお得意の二枚舌をフルに使い、ただでさえもお祭り好きな面々を示唆したという訳なのだ。
 そんな話ふっかけられて、みんなに限って行かないわけがない。もちろんアルテナとドーン、チェリィを迎えに行く目的もあったが、まぁ半分は、気になる二人を物見遊山するつもりで観光がてら旅立ったことを否定できないだろう。と、まぁ、こんなところである。
 なんにせよ、南の島で扉を開けて世界をひとつにすること!
 一応これがこの旅行の大義名分なのである。
 内緒でついてきた面々のうち、聖美と歩美と蘭子が社会人だということあって船も一等部屋、ホテルも鞠香と長定組より少々グレードが高いということにも注目すべきだろうか。どうせ行くなら楽しもうという腹らしい。実に彼女達らしい考えだ。
 かくして旅は始まったわけである。
 それがあんなことになろうとは誰も、神様でさえ予想できなかった。

 

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