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::: 歴史的補足 と DREAM 〜冒険記の世界観 :::

 

まずは ごくごく簡単に歴史的な人物紹介から 舞台設定までを                 
当たり前ですが、学説によって諸説あるのでそこはご了承を。私がとった説としてどうぞ
  

大海人皇子 / おおあまのみこ  ←第40代天皇になる前の呼び方

後の天武天皇。
父・舒明天皇の第三皇子で母は皇極(斉明)天皇。兄は、藤原鎌足とタッグを組んで大化の改新を成したという、かの有名な中大兄皇子(天智天皇/幼名を葛城皇子と呼ぶのが一般的)。
お母さんは、二度天皇の位に就いているのでふたつの名があるのです。

兄の子の大友皇子が、太政大臣になると皇太子の地位を去り、吉野に隠居……と見せかけて、兄の天智天皇没後、皇子の座を争って大友皇子を打倒。これが有名な壬申の乱。
乱後、飛鳥浄御原宮で即位。八色の姓の制定や国史の編纂などにより律令体制を整備しました。
古事記のもとを作らせたのがこの天武天皇、大海人だといわれています。

この物語中では、天智天皇が近江に都を遷し、大海人がまだ天皇の弟として活躍していた頃……蒲生野で詠まれた有名な
「茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」(額田王)
「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも」(大海人皇子)
という相聞歌をイメージしています。(玲子=額田だというわけではアリマセン;)
でもこの頃の大海人は実はオッサン(笑)

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ということで……20代の大海人。場所は蒲生野のような皇族だけに解放された標野=実は私がこの物語を描き始めた土地なのです。
桜狩など遊猟地だったようですが、その上に住んでいました。そんな野が交わる所に住んでいました。その神話や古い歴史が当たり前のように眠る風土、風や土が下敷きになって飛鳥を描きました。

 

森 蘭丸長定 /もりらんまるながさだ /幼名(乱法師)

信長の敏腕小姓を務め、本能寺でわずか(昔は数え年)18歳で殉死。
名前には諸説があり、一般的には「乱丸」が正しいとされ「蘭丸」は後の世の人がつけたとか、信長がつけたとかいろいろ。
本人が書状に記したお名前には「成利」というのもある。

永禄8年(1565年)生。兼山城主 森三左衛門可成の三男坊。兄は森可隆と森長可。弟で永く生きた者に 津山城主森忠政がいる。母は夫の死後 出家し(本願寺)妙向尼と名乗っている。
書かなくてもいいけど書いちゃう。本能寺で一緒に逝った坊丸・力丸という弟もいましたとサ。

父 可成を6歳で失い、13歳頃 信長の下に出仕。一族で信長に仕えました。
いろいろ逸話が残っているのですが、とにかく頭が良く信長から重宝され、また美少年のため夜伽の相手としても寵愛を受けた…………というのが一般説です。よく美少年の代名詞にされています。

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でもこの物語世界の彼はノーマル。一所懸命 働く勤労少年です。
美少年でもありません。なぜなら私が彼を知って恋をした時はまだ一般説 美少年というのを知らなかったから。知らずに恋に落ちた、ということで。
また子供を残していた。恋人がいた。いろいろ いろいろ説はあるようです。落ち延びたというのも見かけたことありますが……さすがにそれはどうでしょう??
でも私は、落ち延び説を採用。そして女がいた説も採用。以下 その女説↓

 

森 香代 /もりかよ

蘭丸と同じ兼山出身。両親は森氏に仕えていたが、蘭丸と仲が良かったため兄妹のように育つ。
蘭丸の母親に、当時は男だけがやるものだった手習をいろいろ教えられ、身分のわりにはそれなりの教養も併せ持つ。
安土に住むようになってからは、森家の館に住まい、蘭丸の側仕えをしながら城の台所で働いていました。夜は蘭丸と過ごすことも。

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そして実在しません。出典は『信長記』(石原慎太郎)、戯曲になっていました。
高校の図書室で手に取った本なのですが、とっても古いもので、先日ネットの古書店にて入手。
この中に蘭丸と香代の恋が綴られています。
蘭丸の恋の相手は、他書でも天笛女だとかいろいろおりますが香代さんには格別思い入れ深く、幸せになって欲しいとの願いでごく自然に蘭丸の隣にいました。特別に作ったキャラではないのです。
↓以下 本能寺の変について

 

本能寺の変

信長の配下 明智光秀 が謀反を起こし、本能寺宿泊中だった信長一行を奇襲したと伝えられる天下の分け目となった大きな事件。
といっても、これも諸説が多くどれが真実かは神のみぞ知るといったところ。
手ひどい扱い、朝廷を馬鹿にしたような振る舞い(光秀は朝廷と縁が深かった)に耐えかねた光秀が、逆ギレを起こした。
実は秀吉が仕組んで光秀は踊らされただけ。若しくは家康が仕組んで、やっぱり光秀は踊らされただけ。
などなど諸説入り乱れて、今も歴史家を熱くさせています。

私はごくごく普通に光秀に起ってもらいました。

 

伊邪那美命 / いざなみのみこと / 日本書紀では 伊弉冉尊 と記されている

古事記・日本書紀に出てくる日本神話の神様。上代、国生み神話(日本国土の創造)に出てきます。
今まで独身の神様ばかりだった中で、初めて兄妹の男女神として出てきた神様で、初めて結婚をした神様。
次々と快調に子供を産んでいたのですが、火の神様を産むときに陰部に火傷を負って死んでしまいます。
それを夫の伊邪那岐命(いざなぎのみこと)はたいそう哀しんで黄泉の国(あの世)まで迎えに行くのです。
伊邪那美は「ここの食べ物を口にしてしまったから戻れないのだけれど、せっかくアナタが来てくれたのだもの。黄泉の神様に相談してくるから待っててね。その間 絶対に私の身体を見ないで」と奥へ引っ込んでしまいます。
しかし待てど暮らせど妻がやってこないので、つい捜しに行ってしまい、蛆虫にたかられ雷神に巣食われたその身体を見てしまいます。
「夕鶴」ッポイですね。

さて伊邪那岐命は恐ろしくなって逃げ出します。でも伊邪那美は収集がつきません。追いかけます。
「見〜た〜わ〜ね〜」とばかりに追いかけて追いかけて追いかけます。恥のあまりに夫を殺そうと手を尽くします。
しかし伊邪那岐命は逃げ切るのです。
そこで「あなたの世界(豊葦原)の人間を、一日1000人殺してやる」との呪いの言葉を吐くのですが、伊邪那岐命は「それなら1500の産屋を建ててやるわいっ」と誓いの言葉を返しました。
そしてこの世では一日1000人が死に、1500人が生まれることになったのです。
というのが、だいたいのあらましです。かなりざっくばらんな説明ですけど^^;

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高校生でこの古事記を読んだ私は、すっごく悲しくなりました。悲恋だ、と。
きっと二柱どちらも後悔なさっているに違いない。幸せになって欲しいと願ったのです。
こんなことを思うのは変わっているのかもしれませんが、思ってしまったのだからしょうがないじゃん。
そこからこの物語が出来ました。もともと騒がしい毎日を送っていた6人とは もう出逢っていたのですが。
後に『空色勾玉』(荻原規子)と出会い、同じ主旨で書かれたものだと知り、プロの描き出す世界に圧倒されました。あんな風に描きたかったんだけど、こうなってしまいました^^;

 

伊邪那岐命 / いざなぎのみこと / 日本書紀では 伊弉諾尊 と記されている

日本神話の神様。詳しくは上記参照のこと。
有名な神様をたくさん生み出した神様です。天照大神(あまてらすおおみかみ)・月読命(つくよみのみこと)・須佐之雄命(すさのおのみこと)は、特に「三貴子」といいます。
この貴い三柱の親神様として、現在も信仰が続いています。みんなのお父さんなのね。

あちこちに祀られていますが、夫婦揃ってなら多賀大社(滋賀県犬上郡)が有名でしょうか。
伊弉諾神社(兵庫県津名郡)にも行ったよ。成り行きで、だけど(笑)

 

 

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