その日は特別に寒い日でした。
テレビを見ていた皇子様が、「年末大寒波だぞ」と教えてくれたけれど、そもそも寒波ってなにかな。とにかく寒いってことはわかるけど。
本当に寒い。今まで冬は桜のうろで冬眠していたから、こんな冷え込みは初体験なの。寒くて寒くて凍っちゃいそう。いっそ氷の精になっちゃおうか。
この冬いちばんの寒波の日、珍しくみんな秘密基地に揃っていました。いつもはバイトやらお出かけでなかなか揃わないけど、寒いからかな、今日は全員揃っていました。みんな思い思いに過ごしています。
蘭丸と皇子様は飽きもせず、国盗りゲームを熱い火花散らして対戦中。
皇子様が無理矢理聞かせるには、時代を担った蘭丸に、時代を動かした天皇の意地がかかっているんだって。そんなことに意地をかけるなんて、心の狭い天皇だなぁ。もっとドッシリしてればいいのにさ。
でも苦戦中、連敗の日々。玲子は、彼氏を応援しようと、これまた分厚い「攻略・戦国のすべて」なんて本を買ってきてバックアップ。
鞠香と香代さんも、あれやこれや言って、とにかくみんなで合戦中です。
あたいの横では、長定とドーンがクロスワードパズル。
呪文みたいに単語を呟いては時々、髪の毛をむしくってウォー!って叫びながら、それでも賞品欲しさに頑張っています。想い人ながら、ちょっと変で恐い……。
反対側にいるのは、あゆちゃん。もうテスト休みなんだって。
きょんちゃんと蘭子と一緒に、アルテナの世界の伝説に聞き入っています。あたいの世界でも、ままある話だけどね。珍しいんだね。
みんな、宴に使う真っ赤な服を縫いながら。きょんちゃんは当番じゃないけど手伝ってる。ちなみに香代さんも、向うで旦那様を応援しながら、手はちくちく。
あずは宿題を持って来て、難しい計算問題を解きながら、耳だけダンボです。時々絶妙のタイミングでツッコミを入れては、場を沸かせています。
あたいはと言うと、とにかく春の精だけに、寒くて寒くて。首までこたつに浸かって、頬杖をついて空を見上げているよ。あちこちで交わされているお喋りを、そうやって聞いているのがおもしろいの。
そうして鈍色の雲を見上げていたら、白いものが降ってきました。
冬はいつも冬眠してきたあたいが、初めて目にするメルヘンチックな白い綿帽子。メルヘンの世界からきたあたいが言うのだから、すごーくメルヘンチックなんだよ。
「なにか降ってきたよ」
あゆちゃんが横から見上げて、口許を綻ばせました。
「雪だわ」
雪……これが雪なんだ。なんて綺麗なんだろう。まるで天上から、天使の羽が降りてくるみたい。ふわふわ、ふわふわ。渦を描きながら、だんだん大きくなってくる。なんて厳かなのだろう。まるで神様の贈りものみたい。
「いよいよ、クリスマス間近ねぇ」
きょんちゃんの一言に、視線を交わしあって頷きました。
クリスマスには夢が詰まっているから、それに乗じて宴を開くんだって。
宴っていうのは、世界を夢でいっぱいにするためのお祭り。この国を創った神様にお願いされて、特別な力までもらって、日夜頑張っているんだよ。そしたらあたいやアルテナの世界とも合体して、特殊な形じゃなくても、友達みんながここで暮らせるようになるの。
それって、とても素敵なことだよね。国中が夢でいっぱいなんて、あたいは気兼ねなくいつでもドーンに会えちゃうしさ。うふ。
真白な羽を見ながら、そんなことをボーッと考えていました。
「キャーーーッ」
いきなりの金切り声に、肩がビクッとしました。みんなも蘭子に釘付け。蘭子が、庭の方を指差して後ろずさっています。
でも確かに。あたいもたまげた。人が立っているんだもん。家の中の、こんな奥庭に。しかも金髪の外国人。
この人はいったい何者?
金髪といっても、もっと色素の薄い白金の髪で、ウェーブがかった長髪が風にそよいで……って、外はそんなに風が吹いていない。だって雪が、真っ直ぐ降ってきているもん。
「美人ねぇ、どこかのお姫さまみたいだわ」
ちょっとばかり、この場にふさわしくない気もするけど、あゆちゃんが言うのも無理はない。だって本当に美人なんだもん。
蘭子だってモデルさんだし、あゆちゃんやみんなもブスじゃない。みんなきれいだけど、このお姉さんは生粋の美人ていうのかなぁ。正統派美人ってやつ。
ということは……。
目だけで、グルッと見回してみました。
あーあー、やっぱり。アルテナや長定の目が、ハートになっている。こういう時、冷静なのは我が想い人ドーンだけなんだよね。やっぱりあたいの目に狂いはなかった。もう他の男群ときたら、御主人様のエサを待つ犬のよう。お姉さま方のヒンシュクを買っています。
これは、後で一悶着あると見たよ。
とにかくハートの目をしたアルテナが、吸い寄せられるように窓を開けました。大丈夫かな。
アルテナが開けた窓に、きょんちゃんがいたわりに満ちた声で「どうしたの」と問いかけます。
そしたら女の人は、影のある表情でこう言いました。
「お願い、パパの仕事を取らないで」
パパって誰? そのパパの仕事とあたい達がどう関係あるわけ?
あたいもとっさに思ったけど、きっと全員思ったよね。だって、しばらく誰も喋らなかったもん。二の句が継げなかったんだと思うな。
「どういうことか解るように、ちゃんと説明してみて」
今度は蘭子が、諭すように言いました。
「パパの仕事がなくなると、私達食べていけない」
だからパパって誰?
さらに謎が深まっただけで、あたい達全員、身に覚えのない話です。ダルマさん状態です。
「落ち着いて。まずどこから来たのか、そしてパパの仕事ってなんなの」
さすが、きょんちゃん。
女の人はコクンと頷くと、ゆっくり話し始めました。
きっと言いたいことが沢山あって、頭が混乱していたんだね。蘭子も優しく微笑みながら見守っているし、始めはハート目になっていた人達も、今は真面目に聞いています。
「あたしは、フィンランドから空を飛んで来たの。パパは降誕節になると、世界中の子供に、プレゼントを配る仕事をしているわ。他の日は、工房でおもちゃを作っているの」
しばしの沈黙。
「それってサンタクロース?!」
素っ頓狂な声。
きょんちゃんを筆頭に、全員が興奮して、裏返った声をあげました。
サンタクロースってあれよね、宴の案が出た時に聞いた、赤い服で空飛ぶトナカイを従えて、プレゼントを配る人だよね。そんなに凄いのか。異様なまでの熱狂ぶりに驚いちゃった。
ここにもちゃんと、世界共通の夢のような話があるじゃない。あたい達の世界だけが夢、というわけじゃないじゃん。
とにかく。あたい達がサンタクロースの真似をして、夢をプレゼントするのが、本物のサンタクロース一家を危機にさらしているらしい。
長定が一生懸命に、誤解だと説得しています。宴がどういう起こりで、どんなものかを話しています。
「だから日本しか廻るつもりはないよ。サンタクロースを失業させようなんて、爪の垢ほども思っちゃいないって」
「そうよぉ、サンタクロースが本当にいるなんて、感謝感激大歓迎よ。なんなら私達にもプレゼントが欲しいくらいよ」
それじゃ慰めになっているんだかわからないよ、きょんちゃん。
突然ブリブリになって、手がすでにお願いのポーズになっています。腰をふりふりお尻をふりふり、さすがきょんちゃんだなぁ。
「じゃぁねぇ、私『ドラえもん』全巻揃えてちょうだい!」
え、あずまで……。
「私はティファニーのオープンハートがいいなぁ」
ずるーい、蘭子まで。あたいも言う言う、お願いする。なんにしようかなぁ。うーん、欲しい物欲しい物……。
「俺、ゲーム機くれよ。ファミコンは持ってるから別のやつな」
あっ、長定にまで先を越された。えーとえーと欲しい物……。
「プッ……クスクス」
気がつくと、美女は笑っていました。暗い影が嘘みたいに吹っ飛んで、春の青空みたいな笑顔でお腹を抱えて。
変なこと言ったかな。大体どこから、こんな話になったんだっけ……。
「ごめんなさい。想像していたのと随分違うものだから。パパったら毎日食事も通らないで、太っちょだったウェストが7センチもへこんだのよ。ふふ」
美女が親指と人差し指で、7センチのところを具体的に説明してくれます。
ぷっ。笑い事じゃないけど、あの赤い服を着た太っちょのおじさんが、ご飯も食べられないで悩んでいるのを思い浮かべたら、笑えてきちゃったよ。
「なんだか思い違いだったみたい。ごめんなさい」
美女は頭を下げ、眉を開いて、花のような笑みをもらしました。
「お詫びと言っては何だけど、トナカイとそりを貸してもらえるよう頼みましょうか」
「おぉー、すげー。助かるぜー」
「イエー!」
長定もあずも、みんなは大喜び。
すごいなぁ。空飛ぶトナカイさんに乗れちゃうわけ?!
「今度、家に来て。選りすぐりの子を用意しておくわ」
美女が、茶目っ気たっぷりに指を立てました。
「おう、絶対に行かせてもらうぞ」
さっきまでだらしない顔をしていたくせに、アルテナが格好をつけてウインクなんかしちゃってる。
でも俄然あたいも楽しみになっちゃった。みんなも手と手を合わせてパンッてやってる。あたいもドーンとハイタッチ。えへへ、ちょっとラッキー。
みんなの嘘つき。ここの世界にも、夢のような話はあるじゃないか。ちょっぴりホッとしたよ。よく考えてみたら、夢が全然ない世界だったら、私もドーンも生きていけないよね。その世界を守る王子様なんて、もっと生きていけないよね。
なんでこんな大切な事を忘れていたのかなぁ。あたい達がこうして暮らしていけるのは、夢を持っている人がこの世界にもいるからなんだ。きっとサンタクロースのおかげでもあるよね。サンタクロースに、会ってみたいなぁ。あたいのプレゼントはそれでいいや。
春の青空のような笑顔を残して、白雪の降る空へ、天使は昇天して行きました。白金の長い巻き毛が風になびいて、とっても綺麗でした。
冬ってちょっぴり素敵だね。
急に寒いことに気がついて、あたいは飛んで炬燵に入り、みんなも寒い寒いとリビングに飛び込んで、しっかり施錠しました。
あの大きな窓を開け放して喋っていたから、冷えてしまって。すごく寒くて大変だったんだよ。でもあーちゃんと香代さんが、温かいミルクティを淹れてくれて温まりました。体も温かくなったけど、天使のお姉さんのおかげで、心まで温かくなったよ。
良かった、希望があって。いつか世界中が夢で満タンになって、みんなで一緒に住めるようになったらいいな。そしたら友達にもドーンのこと、紹介するんだ。
あたいはまた炬燵から首だけ出して、頬杖ついて夢の世界。
横では、アルテナがデレッとしたことについて尋問を受けているけど、ゲーム組はその喧噪を上手に逃げて、賑やかな合戦を繰り広げています。ドーンと長定も、机いっぱいのクロスワードを延々、また頭を抱えてやり始めました。
ハハハ、可愛そうアルテナ。男みんなで鼻の下を伸ばしていたのに、その罪業を一身に背負って怒られてる。というか、彼だけが許せないんだよね。頑張れアルテナ。もてるが故のお怒りだからね。
アルテナが言い訳するのを聞きながら、可愛そうな王子様を心の中、応援してあげました。
時間が経つにつれ、いつもの午後に戻っていき、さっきのことなんか嘘のように、夕飯時にはすっかり平常通りでした。
あれから天使の羽もやみました。
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実はときどき、秘密基地には非日常的なことが起こります。その中でクリスマス前の、ほんのひとときを切りとってみたのですが、いかがでしたか。
サンタクロースは本当にいるんですよ。私も一緒に、天使のお姉さんに会いましたし、後で空飛ぶそりにも乗り、すっかりスマートになったサンタクロースの声を聞きました。
霜が降りて寒くなってきたら、空を見上げてご覧なさい。お天気が悪かったらしめたものです。きっと天使の羽と共に、あなたにも不思議な出来事が起こりますよ。
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「……と。ふふふ、出来たぁ」
「本当? あゆちゃん」
歩美が、原稿を重ねて振り向く。細められた目が、なによりの答えである。
「わぁ、早く見せて見せて」
チェリィが二段ベッドを飛んで下りて来て、そのまま机に乗り出し足を振る。
原稿を揃えると、歩美は大きく伸びをした。ここのところ筆がのるに任せて描いていたから、半徹夜続きで、仕事と両立させるのは難だった。明日も朝から仕事だ。もう寝ないと朝が辛い。
壁時計は、午前一時半をさしている。
チェリィが主人公の話だと言ったばかりに、毎日読書しながら、遅くまでつき合ってくれていた。何を読んでいるか題名は知らないが、切ないラブストーリーを読んでいるようで、疲れて原稿から目を離した時など、涙ながら瞬きもせず読んでいるのを見かけた。精霊も恋するお年頃なのかなぁ、とほほえましく思った。
「ねぇ、見せてよ」
「明日学校でしょ、寝なくてもいいの?」
「うん、読んだらすぐに寝るから。お願い、読ませて」
仏像を拝むかのごとく手を合わせると、瞑っていた目を片方だけ開けて返事を伺う。
その姿があまりにも可愛らしく、ついつい朝ちゃんと起きるという交換条件のもと、承諾してしまったのである。ぶっちゃけ、そんな楽しみに待ってくれたなんて、物書き冥利に尽きるというものだ。
チェリィは原稿を受け取ると、喜び勇んで再度布団に潜る。歩美も明日に備えて、二階に横たわった。上機嫌のチェリィの声がする。
「おやすみー、あゆちゃん」
「おやすみ」
チェリィの素直さに安心し、寝転がったとたん、すぐ眠りがやってくる。
冷たい木枯らしが、落ち葉を舞わせている凍えるような星の夜。
部屋の中は、チェリィの黄色い電球が灯り、歩美の微かな寝息があるだけ。それに鍋の匂いがほんの少し漂って、わずかに温もりを残している。静かな静かな冬の夜の秘密基地。
これも本当の秘密基地。でも歩美のお話の秘密基地も現実の姿。

DREAMVの前衛作品。あのそりとトナカイは、こういう経緯でした。
原案『ある日の秘密基地』より改稿
製作年月日不明 (90'〜94')