あとがき
まず。こぉんなにも古くさく長い、どうしようもない物語を読んで下さってありがとうございます(平伏)
前後編のような関係で、<ゆめ>はまだまだ続きます。次は夏。ラブラブな今回とは違い戦いを乗り越えて、忘れ去られている”もうひとつの使命”へと繋がっていきます。そこまでくると楽チンなのですが。
特にこのvol.1は、何度も繰り返し繰り返し頭内で揺らめきうごめいて、他の作品とは違った特別の思い入れがあります。
そしてその分、拙い当時をそのまま今に伝えており、どうにもこうにも恥ずかしいのです。なんかどっかで聞いたような話だしねぇ(苦笑)
大人になって読むと、かなり今の私を形作る要素が詰め込まれているようです。こうして見た<ゆめ>は、今はもう深く深く根付いていてわざわざ語るにおちないこととなっています。もう私の一部なの。
ここまで読んで下さった皆さんが疑問に思っていることについて少し触れておきますね。物語中の<鞠香>は、執筆者の鞠香なのか。
そうとも言えるし、そうとも限らない。
それが答えです。これを書いた当初は憧れの女の子でした。甘やかしてくれる大好きなお姉ちゃんがいて(長女なもんで姉がすっごく欲しかったのですよ)、仲良しで自慢の従姉妹がいて、そして信頼できる友達が複数いて。とっても好きな人が自分のことを同じように好きだと言ってくれて。
まぁわりと何処にでも転がっているような憧れめいたものでした。だから<鞠香>になりたくて努力していました。
自分を取り巻く環境がかわり恋をして、いつの間にか<ゆめ>を紡ぐことが出来なくなっていた私は、知らず知らずの内に<鞠香>を越えてしまっていたのです。
それでも時々フッと彼女達の現在が見えたりしました。なんだろう、季節の変わり目や<ゆめ>を紡いでいた頃と同じ風の匂いをかいだとき、湿度や自然音なども多分に関係しているようです。
気がつくと、<鞠香>は私のなかにいたのです。
<鞠香>の恋と同じように、その恋に近づくと私も胸が締め付けられるような息苦しさをおぼえます。切なくて辛い……掻いても掻いても果てのない無限の霞。
<鞠香>と似た出来事にも遭遇したりしました。彼女は私のなかにいます。でもホントは。隣を走る平行世界なのではないかとも思います。もう自分ではわかりません。ただこれら出来事は、本当に経験したかのように確かに胸に宿っているのです。本当だよ。
また時代考証についても、まだまだ未熟で間違いもあるかと思われます。ぼちぼち修正したりしつつ、ここまできました。不愉快に思われた皆様、申し訳ございません。
詳細な所を挙げると、とりあえず月見草はこの時代にはなかったとされています。江戸時代の外来種で、待宵草をひっくるめて月見草と呼ぶのが通説です。我が国に自生していた本物の月見草は、なんでも白花だったとか。でも野生ではもうたぶん絶滅ではなかろうかと言われています。
<鞠香>から言わせると、あの時代にもあんなに咲いていたよとのことです。きっと誰も書き留めて残す人がいなかったんだね(笑)
それではここまで読んで下さって、ほんッとうぅぅにありがとうございました。すごく嬉しいです。
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