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DREAM1 〜月見野原の雫

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   エピローグ 


 うっすら目を開けると……もとの部屋だった。
 カーテンは閉まり、薄明かりが布越しにやわい光を投げかけている。室内にはお菓子やらジュースの騒いでいた跡がしっかり残されており、あの長い旅を裏付けるものは何もない。雑誌までもが投げ出されてそのままになっている。
「あれぇ、すんごく長い夢見ちゃった」
 あずさは寝ぼけ眼を大きくさせて、大慌てでみんなを起こしにかかる。
「起きて、みんな起きてってばーーーッ!」
 夢だと思っていたのに、アルテナとドーン、チェリィまでもが、隣ですやすやと寝息をたてているのである。
 目を覚ました鞠香達も驚く。そもそも全員が揃って同じ夢を見ること自体異常だろう。あずさに起こされた皆は、急に円になって会議を始めた。
「なにがどうなってんのよ」
 現実派蘭子が狸でも出たんじゃないかという顔をしてうなるし、玲子はまだチカラが使えることに慌てふためき、なによりも最後の日付から今が、まだパーティから数時間ということが一番の疑問点だった。。
 夢ではないことだけは事実のようだ。みんなの胸に刻まれた、確かな冒険の数々、切なく苦しい確かな想い、甘く優しい思い出。すべてがこの真実のなによりの証拠だ。
 この魔訶不思議な議論に決着が着くわけもなく、世の中夢みたいなこともあるものだという結論に無理矢理持ち込んでお開きにする。そうしないと話し合いは終わりそうにもない。それほど非現実的なことだった。
 本当はわかっている時間旅行の原因、鞠香自身も受け入れきれない転生話の詳細は、もう少し後でちゃんと筋道立てて話せる状態になってからにする。どうにか信じたいと思うし、なにより全員にきちんと話したいから。
 今はとりあえず、目の前にある彼らの住居やら生活に必要な知識やらといった、高校生らしからぬ問題の方が先決だった。
 チカラのコントロールもずいぶん巧くなった。なぜかここに運ばれてきた異世界の住人を、生活に組み入れるため記憶の操作なんかもした。
 毎日、チカラの大乱用でクタクタになる。けれど蘭丸のことをくよくよ考えているよりは楽だ。
 遠い所ばかり見ていた。遠い所に恋があると思っていた。でも違った。時の向こうで暮らした日々、恋をした日々は、今の自分がいる場所とちっとも変わらない。一生懸命生きて輝いていた。
 まほろばはすぐそばにあったね。あなたの腕のなかにあったね。私の腕は、あなたのまほろばになれたかしら。
 あなたを喪った寂しさを、どうか越えられますように。迷宮は続く。だけどひとつはくぐったよね。出口はもうすぐ、この桜霞の向こうに見えている。どうか再びあなたに逢う日まで……乗り越えていけますように。私も、その日まで精いっぱい生きてゆくね。
 とは言っても、ふと手を止めて思う時もある。
 蘭丸と香代さん、どうなったのかな。大海人皇子様はどうしているだろう。
 ただ確かなことは、蘭丸が挙兵しなかったことである。どの史書にも本能寺で殉死したことになっている。

 それから数日後──王子様と吸血鬼と精霊の棲む家が、家と呼ばれるぐらい立派になった頃。
 桜も散り初めてすっかり春爛漫の新学期になると、春休みを利用して遊びに来ていた歩美は東京へ帰り、忙しいながらも賑やかな日常が始まっていた。
 あの時点でなぜアルテナ達が返還されなかったか知っているのは、使命が二つあったことをすっかり忘れている鞠香を除いては、伊邪那美神だけであった。前途多難だと、女神はため息をこぼす。
 常春のある日。
 玲子は、雑誌に目が釘づけになっていた。
 最近のブームに乗っ取った天皇家特集で、天武天皇に持統天皇でもない、かといって大田皇女でも額田王でも、ましてや他の側室でもない最愛の人がいたと載っているのだ。笑えることに、ご丁寧に家系図の端にまで加えられている。
 どこから来てどこへ去ったかわからない「謎の美姫説」なんて、真面目に学会で取り沙汰されているらしい。つい紙上に唾がとぶ。
 わ・た・しだよね? そう思ってもいいんだよね? 皇子さま。
 玲子のなかに飛鳥が甦る。
 私のこと、ずっと覚えていてくれたんだね。ごめんね、後宮に上がれなくって。
 飛鳥は緑、琥珀の草原。花片が風に乗って舞い散る。
 今度、明日香に行ってみようかな。

 その頃、鞠香も不思議な出逢いをしていた。
「お前、なんでこんな少女趣味なもん付けてんだよ。リボンかよ、だっせー」
「わっかんねーよな、お前みたいな男に、これを見ていると懐かしい不思議な感じがするなんてよ」
 鞠香は振り返った。
 線路沿いの桜並木に、学生鞄に結ばれたリボンが呼応するように舞い上がる。
「お前、前世でなにかあったんじゃねえのか」
「ハハハ……かもな」
 友達の冷やかしも、ものともせず男は答える。
 男が鞄につけているのは紛れもない、蘭丸に託したあのリボンである。見間違えるはずがない。
 リボンが一面の桜吹雪と絡み合うように舞い上がって、鞠香は前に向きなおり歩きだした。
 蘭丸、香代さんと結婚したんだ。
 顔こそは見えなかったが、あの青年が蘭丸の子孫であることには違いなかった。鞠香の六感がそう言い張る。
 ふくふくと湧き上がってきて、また勇気が増え硝子の迷宮を流れる。夢の国は果てしなく遠くて、夢を手にするのはとても難しいけれど、いつか蘭丸や大海人に逢える。探し人に逢える。希望がきっと助けてくれる。そしてそれは、そんなに先のことじゃない。
 鞠香は嬉しくなって駆け出した。不意に男が振り返る。
「どうしたんだよ、長定」
 どこか少年の面影を残したいたずらいっぱいの切れ長の目。長定と呼ばれたその青年は、桜が降りしきるなか、蜃気楼のように風に乗って駆けてゆく少女を、不思議にいつまでもいつまでも見つめ続けていた。


'88・8・01 初稿
'91・3・18am*1:35 第一稿 改め
'91・8・29pm*5:40 第二稿 改め
'94・3・17pm*5:18 決定稿
'95・2・17pm*5:26 付け加え
'00・7・4 am*1:35 ms-dos修正
'04・12・24pm*19:00 web波
鞠香も蘭丸も、みんなお疲れさまでした☆

 

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