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DREAM1 〜月見野原の雫

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   Chapter3:回転パズルの国・MonsterWorld 


 心身ともに疲れたきった朝はけだるい。まだまだ惰眠をむさぼっていたいと、寝返りをうっているところへ、突然針のような痛みが走った。さしもの鞠香も飛び起きる。
 目に入ったのは、大勢が石を投げつける殺気だった姿だった。すぐに違う国だと悟ったが、あまりに不意をついた寝起きの攻撃に、どう対処していいか判断できない。一同は回れ右し、めいいっぱい走り出した。
「なんなのよ、もーう」
 文句タラタラで全力疾走する。振り向く余裕などない。
 ビシッビシッ。次から次へ命中する礫は、激しく痛み、モデルを生業にしている蘭子の顔をかすめた。きめの細かい、よく手入れされた柔肌を横断する赤い線が憎々しい。
 走るのがめっぽう遅い鞠香は、声に出して遅れをとらない代わりに、心配そうに眉をひそめた。手の甲で血を拭う蘭子が気づき、口の端を上げてみせる。
 その時。頭上から石粒が弾けた。思いがけない反抗に躊躇し、攻撃が止む。
「今だ! 反撃してっ!」
 一瞬の隙をついて、声の主を確かめる間もなく、言われた通りに攻撃へと移す。
 後はしっちゃかめっちゃかで、誰が誰を殴っているのやら。鞠香も誤って味方にパンチを決めてしまうところだった。
 物静かな歩美までも愉快そうに加わり、普段おとなしい人がキレると、恐いものなしだと改めて認識されたのだった。しかし本人は、実に爽やかに額を拭っている。
 そういうわけでわずか二日にも関わらず、過剰なストレスを溜めこんでいた由、殴る蹴るの暴行ですんなり勝利の旗を揚げてしまったのだった。
 あずさなどは、村人に馬乗りになって、勝利の快感に酔いしれている。見かけよりずいぶんな荒くれぶりに、ここは無駄な抵抗はやめた方がいいと考え改まったか、今は手のひらを返したようにうな垂れている。大暴れのおかげで気も晴れ、御満悦の皆であった。
 黒マントの少年が、木の上から身軽に飛び降りてきた。
 少し橙がかった変わった髪の色。中性的な細身に、切れ長の優しげな目がついている。歳のわりには落ち着いている、そんな表現がしっくり馴染むような今時珍しい少年だった。
「ドーン、おいら見たんだよ! そいつらは急に風の中から現れたっぺ!」
 あずさに組み敷かれ、情けないの極みである男が必死に正当性を訴える。
 ドーンと呼ばれた少年は頷くと、男を離してやるようあずさに持ちかけた。やっとの思いで尻から逃れた男は、苦々しい顔であずさを睨みつけ、服の土を払うと、ペッペッと口の中の砂を吐き出した。
 あずさは悪びれた様子もなくしたり顔で、偉そうに腕を組んで一挙一動を見守っている。格闘技好きの彼女のこと、圧勝したプロレスラーの気分でも味わっているのだろう。
「この人達は、きっと変な人じゃないよ」
 ドーンは思いやり深く諭すように言うが、男達は収集のつかぬ怒りに気色ばむ。
「そんなこと、言いきれるんかい!」
「つむじ風の中から出てきたんだっぺよ!」
「なにか狙っとるやもしれん!」
「なにを狙うってのよ!」
 蘭子が、とうとう冠にきて怒鳴り返す。それを 「まぁまぁ」 と、ドーンが間に入って受けた。とにかく大丈夫だからと言い切って、まだ疑わしそうな村人達を圧し、どうにかこの沼まで先導して来てくれたのだ。
 どんより濁った水面には、藻がはびこって怪しげな蔓がたくさん垂れ込んでいる。水際にはしっとりとしけった草が、足首の上まで伸びたい放題になっていて、肌に粘るようで気持ちが悪い。
「ここまで来れば安心だ」
 ボーイソプラノでにっこり笑う黒マントの少年に、真っ先に口を開いたのはチェリィだった。
 やはり今日も、仲間が増えているらしい。人数が多いのはたいへん心強いが、訳の分からない増え方はどうにも頂けない、と思う鞠香であった。
「あ、ありがとう」
 胸の前で指を組み、上目遣いで口元を綻ばせるチェリィ。
 照れくさそうな視線を送られて、ドーンも恥ずかしそうに首を振る。なんだかとっても上品だ。乱闘騒ぎで汗ばんだ髪を振り乱している女衆よりも品がある。
 よくよく周りを見てみると、陽があまり射し込まないのか、うっそうと繁った木々は薄気味悪く、鞠香と歩美は手を取りあって立ちすくんだ。無彩色で翳む森は、昨日までとは違って、どこか得体の知れないものを感じさせる。
 ヴキィィィー!
 聞いた事もない甲高い鳴き声がしたかと思うと、小山ほどある影が羽ばたき、木の幹が震えた。
 見上げると、視界いっぱいが逆光で黒くなる巨体が、ゆっくり横切って行った。地上に立っている鞠香まで、生温い風が感じられるほど馬鹿でかい。太古の翼竜に似ている。
「ここは、世界中の物の怪が混在する棲みかなんだ。僕は吸血鬼一族だよ」
 皆がザザザーッと後ろずさる。思わずドーンも、眉がハの字になるほど困った笑いになった。
「ひょっとして、血を吸われると思っているのかな」
 烏合の衆のようにただ首を振る皆に、ドーンは弱りきって頬を掻いた。
「僕達はね、生涯でたった一人だけ、一番大切な人の血を吸えばいいんだよ。儀式として吸うだけで、他は普通に暮らしているんだよ」
 ようやく首の縦振り運動が止まり、改めて目と目が交わされる。
 人間でいうところの結婚であろうか。最近の若者には、二人目の血を吸う人もいるらしい。再婚といったところか。
 頭の中で憶測が回るが、今のところは危険がないとの整理がつくと、あずさと蘭子は大喜びだし、逆に鞠香と歩美はやっぱり半べそをかき始める。年長者の聖美は、ほとほと呆れ返って騒ぎの見物者を決め込んでいた。
 どうしてここに迷い込んだか。別に秘密にしておく必要もないので、事の顛末を話した。するとドーンにも不思議なことが起こっているという。それに今度はチェリィがついて来ている。一体全体どういうことか。
「なんか、クサイね」
 あずさがちょっと大袈裟に鼻をつまんでみせるが、本当になにか臭う。このよくできた話が、まさか自然現象ではあるまいし、夢にしては長いし、もう天変地異としか考えようがない。
 平行世界の交差、決して仮想現実などではない。今まで自分から遠く離れていた単語が、続々と身の周りに集まってくる。物理学では証明できない、複雑な数式のもとに成る夢の者達が生きる世界。いくらファンタジー好きだといっても受け入れ難い、現実の夢。誰かが創った世界などではない、生きてこの世にあるゆめ。
「俺さ、実は俺のせいかと考えてた」
 ふざけた雰囲気の中で、アルテナが意を決したように重く言う。
「俺があんまり逢ってみたいと願ったりしたから、その思いに引きずられてしまったのかと思っていたけど……そうではないみたいだ」
 真剣なアルテナには悪いが、どれだけ強烈な願いだって祈りだって、こんな形で叶わない。物質的に自分たちが引っ張られてきたなんて。普通はあんまり考えられないだろう。あくまで鞠香達の世界での価値観に則った考えではあるけれど。
 しかしここはひとつ、柔軟な考え方をした方が得策と言えるかもしれない。その可能性も無きにしも非ず、というぐらいのもので。
 鞠香は、ひどく落ち込んでぐったりと頭を垂れているアルテナを見つめながら、思いを巡らせた。
 けれど彼の話では、説明のつかない箇所があるのも事実だ。原因はどう辻褄を合わせようと、アルテナだと証明できない。自分達だけならともかく、アルテナとは面識のないチェリィとドーンまで出逢っているのだから。
 明日はどこへ行くのだろうか。現実離れしすぎて、想像だに出来ない。こんな風に、今まで作り話だとされてきた世界が並行するのだろうか。それらがたまたま交わった……それこそ物語ではないけれど。信じるか信じないかは除けておいても、せいぜいそれぐらいしか思い浮かばないのである。ここまで考え至っただけでも凄いと自画自賛したくなる。
 この森も人狼やらなんやら、信じられない化け物が出没するそうで、時には百鬼夜行まで通るそうな。もう和洋折衷この上ない、とんでもない話だ。だいたい吸血鬼の村から逃げてきたのだから、そういう人達が散歩がてら通る可能性も考えられるわけで。
 この話を聞いて恐慌状態に陥った鞠香と歩美が、抱き合って離れなくなってしまったのは言うまでもない。
 極端にオカルト耐性がない二人には気の毒だが、ここで夜を明かすしかないようである。
 なぜこんなことに……。
 なにに向けてよいのかわからない愚痴を、鞠香はグッと飲み込んだ。声に出してしまうのは、さすがに我がままだと気付いたから。

 ドーンが畑から失敬した食料で、どうにか腹を満たす。
 危険防止用にアルテナがバリアー魔法を唱えてくれたが、見えないものを信じる心の余裕がない。そんなものでは鞠香と歩美の恐怖心を、退けることは出来ないのだ。
 少しでも物音がすると、無言で抱き合い、目をつむったままの二人を見るにつけ、このまま夜を越すのかと鬱陶しくてたまらない聖美であった。
 もうこうなったら酒盛りしかない。恐怖心を薄れさせ、体も温まって一石二鳥である。
 決意したとたん、いきなり聖美は立ち上がり、腰に手をあてて檄を飛ばした。
 いつもの姉御ぶりを存分に発揮させて、それは見事にてきぱきと指示を振り分ける。やれもっと薪を集めて燃やせだの、やれ酒を調達して来いだのと、初対面のドーンにまで命を下して場を取り仕切る。みんなも言われるがままに機敏な動きを見せた。
 アルテナなどは、政務を任せても、じゅうぶん国を動かしてくれそうだと、密かに苦笑していた。
 願わくば百鬼夜行だけは避けたいと、鞠香が次々枯れ枝を火にくべる。
 だいたいが陰気くさい湿気た森だからして、乾いた枝を見つけるのでさえ苦心惨憺した。草むらにはヤモリやら蛇やらハ虫類のオンパレードで、特別に虫嫌いでなくてもいい気はしない。どちらかと言うと、さっさとずらかりたい土地である。
 この様子だと明日もどこかに跳ばされていそうだが、一応抵抗としてアルテナに空間移動の魔法をかけてもらうことになっている。
 その魔法だって、家へ帰れるのか信用ない。一つづしか移動できないと言っていたが、現地点がわからないのだから、まず奇跡でも起こらない限り、一回の試みでは無理だろう。どちらにせよ、次に行くならもう少し明るい所にして欲しいと祈る鞠香だった。
 でも負けないもんね。こうなったら最後まで探求して無事に帰ってやるんだから。
 その夜は応援合戦のようなどんちゃん騒ぎとなり、皆で飲んだくれて大饗宴の内に更けていった。もちろんアルテナ以外は全員未成年である。チェリィなんて小学生の年齢である。この際、そんなこと関係あるものか。

 味への価値観が違うのか、決して美味しいとは言えぬ食品の数々を、不承不承ながらも口へ運ぶ。ぬるぬるした、寒天でくるんだような生臭い食べ物。ドーンは美味しそうに食べていたけれども、どう考えてもこれは不味い。と思っていたのに、酒がまわってくるにつれ旨く感じるのだから、味覚とはまことあてにならない。
「なんかテリーヌみたいね」
「てりーぬ?」
 呂律が怪しくなっている鞠香に、歩美は頷く。
「寒天の中にお魚や野菜を閉じ込めて固めてね、こういうお料理があるのよ」
「みんなの所にも同じのがあるの?」
 かなり飲んでいると思われるのに、依然としてスッキリした顔のドーン。炎を受けて赤くはあるが、酒の方は全然なんともないらしい。どう見たって、チェリィといい勝負の年齢なのに。
「あーちゃんはどんな料理でも、上手なんだよ〜」
「それぐらいしか取柄がないもの」
「えーお裁縫も上手だし、童話を書いたりするじゃん」
 自分のことのように褒めちぎる鞠香に、ドーンも穏やかにほほえむ。まだ幼さは残しているが、真心のこもった静かな笑顔に、鞠香の心臓が高鳴る。
「僕、みんなと行っていいかな」
 じゃれ合っていた鞠香と歩美が、ドーンに注目する。周囲の乱痴気騒ぎが遠くのざわめきに聞こえるなか、ドーンが繰り返した。
「鞠香達といたいから、一緒に行きたいんだ」
 それまで酒にも飲まれず平静を装っていたくせに、言うなりあからさまに照れて頭を掻きながら俯く。
 ただでさえ血液の循環が良くなっているというのに、さらに良くなって鞠香は指の先までドックンドックンいっているのを呆然と感じていた。
「なんだか懐かしいんだ、母さんや兄弟といるみたいに」
「……お母さん?」
 決まり悪そうな表情ではあるが、ひたと見つめ返すドーンになぜかこっちまで赤面する。
「いいんじゃない」
「あーちゃんってば、そんな簡単に……だってどこに行くのか、明日どうなるのかさえわからないのに」
「うん、さっき話してもらったからわかってるよ。それでも行きたい、行かなければならないとさえ思うんだ。僕の身体中が、意識全部がそういってる。ちゃんと自分で考えたから大丈夫、後で文句なんて言わないよ」
 どこかで聞いたと思った。自分で考えたから、自分の足で進んでゆくからきっと大丈夫って。
「うん、そうまで言うのなら」
「よろしくね」
 いつの間に聞いていたのやら、玲子が勝手に続きを加えた。
「なになに、自主志願? 物好きねぇー」
 聖美達がどやどやと後を続け、最後に元気なあずさのハイタッチが響く。ドーンが笑顔を崩さないままに、手を空に上げて振りながら痛みを発散させる。嬉しそうなドーン、楽しそうなあずさ達、なぜか恥らうチェリィに、愉快がる王子様。
 かなり激しかったに違いないその音は、魑魅魍魎の跋扈する暗い森に、一気に活力を与える。
 いくぞ! どこまでも──! 未来を訪ねる冒険者ども。大海原を越えてどこまでも。交響楽響く大海原を渡りきれ。そこに見えるのはまほろば……きっと、ね。きっと、きっとね。
 騒々しさのおかげで随分気もまぎれたし、どうにか百鬼夜行にも遭わなくてすみそうである。炎が中央で無駄に大きく燃えているが、それも勝因の一つかも知れない。
 火の粉の舞う空気が、夜の闇を覆いつくし、すべてを神聖に変えてゆく。浄化の炎だった。

 

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